移植6 [創作]
今までの話
移植1
移植2
移植3
移植4
移植5
落ち着かない。
2分おきに時計を見ている。
時計を見ていないときは、お店の入り口をにらみつけ、きょろきょろと視線を泳がせ、お店のドアが開くと入ってくる人を見る。
我ながら挙動不審だと思う。
りさはケンと一緒によく来たこのレストランで、以前のようにケンを待っている。
ケンから仕事の都合で少し遅れるというメールが来た。
りさは約束の時間より早く来ていたから、待つ時間が更に延びて、ドキドキする時間も延長されてしまった。
それでも、りさが最初にケンに対して話しかける言葉が決定していない。
「お久しぶり」
「私!わかる?」
「元気にしてた?」
どれも違うような気がする。
心臓が飛び出してしまいそうなほど落ち着かない時間が続く。
どうしよう、とても平静を保てない。いっそ逃げ出してしまおうか。
そんなことを思っていると、不意にお店のドアが開き、ケンが入ってきた。りさを探している。
りさは反射的に立ち上がり、ケンに向かって手を振った。
「ケン、こっちよ」
「りさ?りさなの?本当にりさなの?」
ケンはりさの側まで来ると目を丸くしてりさの顔を覗き込んだ。
「そうよ、りさよ。ずっと会いたかった」
「声も違うよ・・・
あ、座って。
とにかく注文しよう。まだ頼んでいないよね?」
とりあえず二人は料理をオーダーし、また顔を見合わせた。
「メールもらった時は信じられなかった・・・
いろいろ大変だったね。
でも、ここで現実に君に会うまでは半信半疑だった」
「どうすれば信じてもらえるかしら」
「いや、大丈夫。りさはりさだ。
ちょっとした仕草がやっぱりりさなんだ」
「じゃあ、私がわかるの?」
「勿論」
二人は食事をしながら、昔のことや今どうしているかを語り合った。
隔てられていた時は一気に消し去られ、あたかも以前と同じような親密さを取り戻したようだった。
デザートを食べ終わる頃、ケンはりさを自分の部屋に誘った。
けれど、りさはまだ体調が完全ではないことを理由に断った。
そんなことを言うつもりはなかったのに、自分でも何故そう言ったかわからなかったけれど、
まだケンのことをを受け入れられなかった。
そして、その後ケンと何度か会ったが、同じように拒み続けてしまった。
再会してから半年ほど経った頃、二人は珍しく公園で会っていた。
ケンが挨拶もそこそこに唐突に話し出した。
「実は結婚しようと思っている」
りさは自分のことだと思って身構え、そしてニコッとした。
しかし、ケンは冷たい表情で続けた。
「君と会えなくなって2年ぐらい経った頃、俺の下に新入社員が入ってきたんだけれど、
毎日ずっと長い時間一緒にいるうちに情が移ってしまったと言えばいいんだろうか。
りさには申し訳ないけれど、今のりさは見た目以外も前のりさじゃないと思う。
こんなことを言って、傷つけるかもしれないけど、最近どこの誰かわからない人って感じることがある」
「彼女がいるのなら最初にそう言ってくれたら良かったのに」
「君が生きているのならば、君と共に過ごしたかった。
でも、君に拒否されて思った。
もし、君が拒まなかったら、俺は死体を抱いていたのかと。
誰かもわからない死んだ人の身体を抱くことができるのかと。
そんなことを考えている俺の側には生身の彼女がいた。
過去は過去として・・・」
ケンが言い終わらないうちに、りさは走り出していた。
青い空の下を、緑の風の中を、生きているのに死体と言われて、泣きながら走り、歩き、立ち止まり、
また歩いた。
そのまま夕日の中を歩き、ずっと歩き続け、夜の街を歩き、涙も枯れて落ち着きを取り戻し、
うちに帰ろうと思った。
両親が心配して待っている家に帰ろうと。
一日中歩いて遠いところまで来てしまったけれど、帰らなければ。
タクシーを拾おうと思い、立ち止まった。
そこは一軒の店の前で、ドアが少し開いたとき、中から音楽が聞こえてきた。
「これ、聞いたことがある」
お店の前のボードに「栃木清一ライヴ」と書いている。
そんなことにも気付かず、りさは音のする方に吸い込まれていった。
つづく
移植1
移植2
移植3
移植4
移植5
落ち着かない。
2分おきに時計を見ている。
時計を見ていないときは、お店の入り口をにらみつけ、きょろきょろと視線を泳がせ、お店のドアが開くと入ってくる人を見る。
我ながら挙動不審だと思う。
りさはケンと一緒によく来たこのレストランで、以前のようにケンを待っている。
ケンから仕事の都合で少し遅れるというメールが来た。
りさは約束の時間より早く来ていたから、待つ時間が更に延びて、ドキドキする時間も延長されてしまった。
それでも、りさが最初にケンに対して話しかける言葉が決定していない。
「お久しぶり」
「私!わかる?」
「元気にしてた?」
どれも違うような気がする。
心臓が飛び出してしまいそうなほど落ち着かない時間が続く。
どうしよう、とても平静を保てない。いっそ逃げ出してしまおうか。
そんなことを思っていると、不意にお店のドアが開き、ケンが入ってきた。りさを探している。
りさは反射的に立ち上がり、ケンに向かって手を振った。
「ケン、こっちよ」
「りさ?りさなの?本当にりさなの?」
ケンはりさの側まで来ると目を丸くしてりさの顔を覗き込んだ。
「そうよ、りさよ。ずっと会いたかった」
「声も違うよ・・・
あ、座って。
とにかく注文しよう。まだ頼んでいないよね?」
とりあえず二人は料理をオーダーし、また顔を見合わせた。
「メールもらった時は信じられなかった・・・
いろいろ大変だったね。
でも、ここで現実に君に会うまでは半信半疑だった」
「どうすれば信じてもらえるかしら」
「いや、大丈夫。りさはりさだ。
ちょっとした仕草がやっぱりりさなんだ」
「じゃあ、私がわかるの?」
「勿論」
二人は食事をしながら、昔のことや今どうしているかを語り合った。
隔てられていた時は一気に消し去られ、あたかも以前と同じような親密さを取り戻したようだった。
デザートを食べ終わる頃、ケンはりさを自分の部屋に誘った。
けれど、りさはまだ体調が完全ではないことを理由に断った。
そんなことを言うつもりはなかったのに、自分でも何故そう言ったかわからなかったけれど、
まだケンのことをを受け入れられなかった。
そして、その後ケンと何度か会ったが、同じように拒み続けてしまった。
再会してから半年ほど経った頃、二人は珍しく公園で会っていた。
ケンが挨拶もそこそこに唐突に話し出した。
「実は結婚しようと思っている」
りさは自分のことだと思って身構え、そしてニコッとした。
しかし、ケンは冷たい表情で続けた。
「君と会えなくなって2年ぐらい経った頃、俺の下に新入社員が入ってきたんだけれど、
毎日ずっと長い時間一緒にいるうちに情が移ってしまったと言えばいいんだろうか。
りさには申し訳ないけれど、今のりさは見た目以外も前のりさじゃないと思う。
こんなことを言って、傷つけるかもしれないけど、最近どこの誰かわからない人って感じることがある」
「彼女がいるのなら最初にそう言ってくれたら良かったのに」
「君が生きているのならば、君と共に過ごしたかった。
でも、君に拒否されて思った。
もし、君が拒まなかったら、俺は死体を抱いていたのかと。
誰かもわからない死んだ人の身体を抱くことができるのかと。
そんなことを考えている俺の側には生身の彼女がいた。
過去は過去として・・・」
ケンが言い終わらないうちに、りさは走り出していた。
青い空の下を、緑の風の中を、生きているのに死体と言われて、泣きながら走り、歩き、立ち止まり、
また歩いた。
そのまま夕日の中を歩き、ずっと歩き続け、夜の街を歩き、涙も枯れて落ち着きを取り戻し、
うちに帰ろうと思った。
両親が心配して待っている家に帰ろうと。
一日中歩いて遠いところまで来てしまったけれど、帰らなければ。
タクシーを拾おうと思い、立ち止まった。
そこは一軒の店の前で、ドアが少し開いたとき、中から音楽が聞こえてきた。
「これ、聞いたことがある」
お店の前のボードに「栃木清一ライヴ」と書いている。
そんなことにも気付かず、りさは音のする方に吸い込まれていった。
つづく
「俺は死体を…」の件がすごく引き込まれました。なるほど、そう思う人もきっといるだろうなあと。ますます続きが楽しみです。
by kyao (2008-05-17 08:59)
おぉぉぉ つづきが気になる!!
by poi (2008-05-17 21:14)
rararinndoさんへ
niceありがとうございました♪
kyaoさんへ
次回で最終回、励ましていただきありがとうございました♪
poiさんへ
当初、脳と身体が利用しあって、お互いの目的を達成した時点で消滅する予定だったのですが、協力しあってしあわせになってもらうことにします。
by りんたろ (2008-05-18 19:27)